four Alchemists methods
『契約』 by four Alchemists methods
2012.1.31(tue)-2.13(mon) at 西武渋谷店 B館8階 オルタナティブ スペース
東京を拠点にそれぞれの分野で活動する女子大生4人組、
加藤杏奈、鵜川カナ、草野絵美、吉川七海による展覧会。テーマは「契約」。
契約は不安定な社会を生きるキーワード。様々な観点から契約をとらえていきます。
本サイトは展覧会の公式サイトおよび公開リサーチブックです。
企画協力:西武渋谷店
加藤杏奈、鵜川カナ、草野絵美、吉川七海による展覧会。テーマは「契約」。
契約は不安定な社会を生きるキーワード。様々な観点から契約をとらえていきます。
本サイトは展覧会の公式サイトおよび公開リサーチブックです。
企画協力:西武渋谷店
→ member profile
2.14.2012
会期終了致しました。
西武渋谷店での展覧会「契約」は終了しました。
お越し頂いた多くの皆様、企画協力してくださった西武の関係者様
ありがとうございました。
今後とも加藤、鵜川、草野、吉川を宜しくお願いします。
2.12.2012
four Alchemists methods talk「契約」とファッション 2/2
four Alchemists methods × 社会学者 岡原正幸
【研究紹介】
■「契約」をテーマにしたときにファッションに落とし込んだ理由はなんでしょうか。ファッションと契約の歴史的なつながりはありますか。
吉川:ファッションって、ひとりでおしゃれしていても何にもならない。他人にどう思われるかで価値が変わっていく。社会があって、他人が居ないとファッションという現象は起こらないと思います。人と人との関わり合いで変化していく思想というものとつながっていると思います。もともと服を着始めたのは物理的な理由だったのですが、豊かになるにつれてそこに意味合いを持たせるようになった。わたしはもともと服が好きで、服を使って表現ができたらと思っていたんですが、今回はアート作品を作ってくれと言われて、でも服のほうが分かりやすいかなと考えました。服は絶対に身体から離れることはできないもので、身体性を伴っていますが、そういうところが契約とつながるんじゃないかと思います。
加藤:コミュニケーションが生まれて服がどんどん装飾的になっていくという話があったと思うんですが、最近はコミュニケーションが希薄になってきていると言われていますよね。希薄になった中で、たとえば人と人との関わりがなくなって、服なんて着られるだけでいいじゃないかとなったときに、そこで生まれてくるファッションの表現は“ファッションの純粋表現”というようなものにならないですか。完全にファッションのためのファッション、というか。そういうふうになると思いますか。
吉川:中国には昔、人民服というものがありましたよね。全員が同じものを着ている。そこで起こっているのは、ファッションではないと思います、現象としては。
加藤:純粋なファッションとはなんなのか、それは可能性としてあると思いますか。
吉川:単に自分がおしゃれを楽しむことだけが極められるかということですか。人との関わりが全くなくて、個々が孤立していたとしたらそれは私はファッションとは呼べないと思います。自分ひとりがおしゃれを極めてそれでよかったんだとしたら、まず記録に残らないはずです。やっぱり他人と影響し合って、影響力のあった人の名前が残るわけだから。
加藤:コミュニケーションのないファッションはファッションに成り得ない。
吉川:それに、何もないと思います。
加藤:ファッションデザイナー的にこのコミュニケーションの希薄な時代は危機だと思いますか。
吉川:服に関心があってそこにお金がかけられるひとがあまりいないのが現状だと思いますが、どうなんですかね。
■制服に関して言えることですが、むしろ個性がないというのもそれはそれでありという考え方もありますが。
吉川:個性がないと見られがちだけれど、その中でも差別化しようとする生き物ですよね、私たちは。同化することを好むけれども、個性を出したがるというか。
加藤:そういうことを社会学的にみるとどうなんでしょう。
岡原:個性を作りたがるというのは、長い歴史から言うとここ2~300年の話です。それまでは服は役職などを表す制服のような役割だった。それを、そうではない人が纏えるようになった。お金を出せば好きなものを着ることができる。これはかつてはあり得なかったことです。ただ、好きなものを着られるようになったがために、われわれは常に自分が何者であるか名乗らなくてはならない、示さなくてはならない。そういうところから差別化というものは起こってくるんだと思います。ファッションは思想と文化的運動をつくろうとするんですよね。
■服のデザインがほかの分野のデザインと決定的に違うところは、技術革新がないから時代を遡ることも新しい時代を作ることもすごく簡単にできることだと思います。そのことが、「契約」とも密接に関わっているのではないかと思います。服にはモノクロの時代が無いというか。
岡原:ファッションとは人間の身体に束縛されるものにも関わらず、だからこそ限りない想像力が生まれるものなんだと思いますね。
■ 服には機能以外にも付加価値が付けられますよね。
吉川:少し古いファッション論では服は「第二の皮膚」と言われていたけれど、今はちょっと違うと思いますね。
加藤:「第二の皮膚」でないなら、何だと思いますか。
吉川:最近よく言われてますが「身体の拡張」だと思います。最近のデザインでは、ディテールにこだわって精神性を表現するものも多いですよね。
■ まだ結婚していない4人が「結婚」についての感覚やイメージをこうして落とし込んでいますが、それについてはどう思いますか。分かっていないと思う部分や新鮮なことはありますか。
岡原:「契約」って言葉をはっきり呼び出したところですかね。
加藤:少しフォローをすると、「契約」というコンセプトを出したときに絵美はすごく結婚というものに引っ張られたという経緯があります。それがすごく面白かったんです。契約=結婚という分かりやすい結び付きと、円周率と契約という結び付きと、受け取り方に幅があるということが、私たちらしいと思います。もし、市民契約が流行っていた時代だったら、契約といってもそれしか出てこなかったはずです。
岡原:契約というときに、もうひとつ考えなくてはならないことは、誰の前での契約か、ということですね。結婚ならば、神の前での神との契約ですが、その神がいまの社会でどのくらい担保されているのか、それが契約ということにおいてとても気になる。最近はその神的なものが薄れていっているから二人の自由な契約ということになる。社会がどれだけそのあいだに入っていくかというのが考えるところですね。
吉川:私たちはいろいろなイデオロギーが崩壊したあとに生まれてきた世代なので、大きなものがあったことがない、ほんとうに自由だから、契約を破ると罰が降ってくることがあまりないんですよね。罰ってないんじゃないかな。
■ いやいや、確実にありますよ。絶対に逃れられない。だから、めんどくさい。
加藤:そういうものが見えにくくなっている時代なんだと思います。だからこそ、展示のフォーマットとして落として見せる、というのはやりたかったことです。前提というものが分からないと、そこから外れることも飛び越えることもできません。だから、この時代に「契約」というのは言ってみたかったことでもありますね。
(構成・ウガワカナ)
文学部 人文社会学科 人間関係 社会学研究科 社会学 教授
岡原 正幸
1957年12月30日 東京都生まれ
自然のものだと思われているような「感情」や「身体」の社会的構築を謳う,あるいは「障害者」の自立生活に立ちあう,それらをベースにして,ひと,もの,ことば,そして出来事が,この社会で権力的に配置される場面を僕は探ってきたのですが,今現在は,それらのいわゆる「社会学的」な営みにあって,「探る主体」として制度的に構築されていってしまった「僕」「岡原正幸」「社会学者」の脱・再構築をめざして,みずからのリアルさに準拠するような,実験的な試みをしようとしています。たとえば,感情公共性の立ち上げ,非言語式社会学の創案,社会/学/アート,もしくはソシオインスタレーションの制作,社会調査の演劇的批判,極私的社会学の創作,感情Tシャツ・ワークショップなどがそれです。三田の家の運営や映画製作もその一環です。またそれら試みの総称として《社会彫刻》を,ドイツのアーティスト,ヨーゼフ・ボイスより借用しています。(岡原教授 公式ホームページより)
twitter: @homoaffectus
【現在の専門分野】
ジェンダー
社会学(KEYWORD:感情社会学,障害者の自立生活,アート,文化実践,)
【現在の研究課題】
アート・社会・知 (KEYWORD:アートプロジェクト , 感情社会学)
感情社会学の自省的な批判 (KEYWORD:感情社会学 , ポストコロニアリズム)
感情公共性の発見と再建 (KEYWORD:感情 , 公共性)
21世紀的大学街の創出 (KEYWORD:三田の家 , オルタナティブスペース)
Performative Social Science (KEYWORD:アート , 調査 , プロジェクト)
映像社会学 (KEYWORD:映像)
four Alchemists methods talk「契約」とファッション 1/2
four Alchemists methods × 社会学者 岡原正幸
■ 今日は作家の吉川七海、キュレーターの加藤杏奈、そしてゲストに社会学者の岡原正幸さんをお招きして結婚について様々な面からお話できればと思っています。
加藤:今回はテーマを決める時に、近く成人式を迎えた4人を結び付けるキーワードとして「契約」を取り上げました。また、個人的に人間の根本的メタの部分に興味がありました。これから七海の作品解説と、岡原先生の学術的なアプローチをつなげていけたらと思っています。
吉川:「契約」というテーマは打ち合わせの最初に出たわけではなくて、錬金術っておもしろいよね、という話から始まったんです。調べてみると、モノとモノの契約が錬金術なんです。わたしたちは成人式を迎えたから、社会と契約をしました。ではつぎは、と考えたときに出てきたのが結婚だったんです。他人と自分で契約をするのが結婚。結婚についても調べていくと、結構ネガティブなイメージが多いんですね。たまたま見た雑誌に、アフガニスタンの結婚の問題が書いてあったんです。ある日、学校から帰ったら衣装が用意されていて、隣の村に連れていかれて、結婚式を挙げさせられる。そういう悲しいエピソードがたくさんあって。わたしが作ろうと思ったウエディングドレスは、自分が着たいなって思う衣装よりかは誰かに着せられて“契約させられる”ためのフォーマットという意味のものなんです。デザインの元としてはチベットの婚礼衣装です。アジアの婚礼衣装に多いのは「縛る」タイプのもので、胸元などを紐で結ぶものが多いのがおもしろいです。そういうアジア的要素は束縛にも関係するんじゃないかと思っています。頭にかぶっているのは白無垢の時に身に付ける綿帽子なんですが、結婚式のときには新郎がヴェールをはがすまで他人に顔を見られないように覆っていますよね。今では結婚する前にいろいろな人とお付き合いするのは当たり前ですけど、昔はそんなことなかったんですよね。その下にあるのが角隠しです。これも日本の伝統的な衣装で、女性は結婚すると嫉妬によって般若になるということがあるから、角が生えてこないように封印する意味があります。私はそれを反転して、角を生やしてもいいと思って、こういうものを作りました。全体的にネガティブかつ女性目線で制作をしました。
加藤:4人の女の子ということで、かなりフェミニズム的要素が強いものになりました。展覧会に合わせてブログを用意して4人でアイデアを共有していたのですが“女の子”というものを強く意識することが多かったです。もうひとつこの展示で面白かったのが、私は契約について市民契約とか社会契約とか、そういう人間の根本にある要素から取り出したんですが、リーフレットの文章を読んでもらっても分かるように、「契約」という言葉を、七海や絵美はを結婚と結び付けたり、カナは彼女の個人的ストーリーと結び付けて世界観を作ったりして、4人それぞれが全く違った要素を提示することができたということです。すこし、ファッションや契約についての根本的な話に進めていきたいと思います。七海が衣装を作る行為と、私がキュレーションをするという行為は、全く違うものだと思うんですね。七海はこの展示会のためにひとつの核となるものを作った。私はそれをまとめ上げて提示するキュレーションをしていますが、そういうのが社会学的なアプローチとつながるのではないかという話がありますね。
岡原:まずは単純に、僕はこんな年齢なので、ハタチそこそこの女の子4人たちがこれだけの仕事ができてこんな展覧会とイベントを作ってしまうということが今の社会を暗に表していると思います。どういうことかというと、かつてであればハタチそこそこの女の子ができることというのは社会的に決められていてその枠を超えることはなかった。今の社会はそういう枠は超えられる。そういった状況の中であえて「契約」というものをテーマにすることに意味があると思います。僕らが大人になる、ということは“契約ができる人になりました”ということを社会が認めるということですよね。そこで生まれる不安というものがこの展示のテーマになっている。境界線がブレて自分が何者なのかも簡単には分からないような状況で、あえて契約によって自分の存在を確認したり、他の人との関係を作っていくというのはすごく新しいと思います。ある意味では契約とはすごく古臭い。面白味の全くない概念のひとつですよね。社会学をやっていると、被契約的要素というものがあって、契約をするためにはそもそも様々な約束ごとがあって始めて契約できる。契約以前の契約というものを僕らはたくさん持っているから契約ができる。こういうすごく面白味のないテーマにも関わらず、今の時代でなければ、かつ年齢的なことがなければこういうことはできなかっただろうと思います。これはかなり画期的だろうと感じます。
加藤:ジェンダーの話ともつながると思うんですけど、契約をできる個人とできない個人がいる。その境界のあいまいさというものを「契約」というテーマを掘り下げていく中で確認することができました。錬金術というのも、結局は金はできなかったわけですが、今でも何かと何かを混ぜ合わせることはある。たとえばこの展示だったら、4人が混ぜ合わされて、何ができるのか、ということが面白かったです。ここには、あいまいさがあるからこそ、そこまで縛られる必要がないのではないかというのがわたしの主張です。
岡原:いままでは、15歳や20歳になれば大人ですよと社会が決めてくれていたけれど、今の社会はそれすらも自分で作っていくと言えるでしょうね。幼くても大人になれる、逆に30歳になっても大人になりたがらない人もいる。そういう意味で寛容度は増しているとは言えると思います。
加藤:そういうことがひとつ要素としてあって、それと矛盾するように七海がインスピレーションとして受けた“強制的に結婚させられる”ということ、私たちの中で生まれた矛盾というものが大雑把な言い方ですがあると思います。
岡原:僕たちは常に“選びなさい”という強制に晒されている。親からの強制や先祖代々というものが昔はあったけれど、今は自分で選べるんだけれど選ばなくちゃいけないということを強制されているわけですよね。それはすごく大変なことだと思う。たとえば、自分の命だって自分で選ばなければいけない。医療でも教育でも、われわれがやってきたことは「契約」という言葉のもとに一旦すべて落としこまれている。市民や人々の考え方を尊重するというポジティブな面はあると思うけれど、一方では責任逃れでもある。僕は社会学者なのでこういうことを言うけれど、どこかで見せかけの自由というか騙されているということはあるんですよね。そういうことを感じとって、物体に落とし込むということがないといけないですね。
(構成・ウガワカナ)
文学部 人文社会学科 人間関係 社会学研究科 社会学 教授
岡原 正幸
■ 今日は作家の吉川七海、キュレーターの加藤杏奈、そしてゲストに社会学者の岡原正幸さんをお招きして結婚について様々な面からお話できればと思っています。
加藤:今回はテーマを決める時に、近く成人式を迎えた4人を結び付けるキーワードとして「契約」を取り上げました。また、個人的に人間の根本的メタの部分に興味がありました。これから七海の作品解説と、岡原先生の学術的なアプローチをつなげていけたらと思っています。
吉川:「契約」というテーマは打ち合わせの最初に出たわけではなくて、錬金術っておもしろいよね、という話から始まったんです。調べてみると、モノとモノの契約が錬金術なんです。わたしたちは成人式を迎えたから、社会と契約をしました。ではつぎは、と考えたときに出てきたのが結婚だったんです。他人と自分で契約をするのが結婚。結婚についても調べていくと、結構ネガティブなイメージが多いんですね。たまたま見た雑誌に、アフガニスタンの結婚の問題が書いてあったんです。ある日、学校から帰ったら衣装が用意されていて、隣の村に連れていかれて、結婚式を挙げさせられる。そういう悲しいエピソードがたくさんあって。わたしが作ろうと思ったウエディングドレスは、自分が着たいなって思う衣装よりかは誰かに着せられて“契約させられる”ためのフォーマットという意味のものなんです。デザインの元としてはチベットの婚礼衣装です。アジアの婚礼衣装に多いのは「縛る」タイプのもので、胸元などを紐で結ぶものが多いのがおもしろいです。そういうアジア的要素は束縛にも関係するんじゃないかと思っています。頭にかぶっているのは白無垢の時に身に付ける綿帽子なんですが、結婚式のときには新郎がヴェールをはがすまで他人に顔を見られないように覆っていますよね。今では結婚する前にいろいろな人とお付き合いするのは当たり前ですけど、昔はそんなことなかったんですよね。その下にあるのが角隠しです。これも日本の伝統的な衣装で、女性は結婚すると嫉妬によって般若になるということがあるから、角が生えてこないように封印する意味があります。私はそれを反転して、角を生やしてもいいと思って、こういうものを作りました。全体的にネガティブかつ女性目線で制作をしました。
加藤:4人の女の子ということで、かなりフェミニズム的要素が強いものになりました。展覧会に合わせてブログを用意して4人でアイデアを共有していたのですが“女の子”というものを強く意識することが多かったです。もうひとつこの展示で面白かったのが、私は契約について市民契約とか社会契約とか、そういう人間の根本にある要素から取り出したんですが、リーフレットの文章を読んでもらっても分かるように、「契約」という言葉を、七海や絵美はを結婚と結び付けたり、カナは彼女の個人的ストーリーと結び付けて世界観を作ったりして、4人それぞれが全く違った要素を提示することができたということです。すこし、ファッションや契約についての根本的な話に進めていきたいと思います。七海が衣装を作る行為と、私がキュレーションをするという行為は、全く違うものだと思うんですね。七海はこの展示会のためにひとつの核となるものを作った。私はそれをまとめ上げて提示するキュレーションをしていますが、そういうのが社会学的なアプローチとつながるのではないかという話がありますね。
岡原:まずは単純に、僕はこんな年齢なので、ハタチそこそこの女の子4人たちがこれだけの仕事ができてこんな展覧会とイベントを作ってしまうということが今の社会を暗に表していると思います。どういうことかというと、かつてであればハタチそこそこの女の子ができることというのは社会的に決められていてその枠を超えることはなかった。今の社会はそういう枠は超えられる。そういった状況の中であえて「契約」というものをテーマにすることに意味があると思います。僕らが大人になる、ということは“契約ができる人になりました”ということを社会が認めるということですよね。そこで生まれる不安というものがこの展示のテーマになっている。境界線がブレて自分が何者なのかも簡単には分からないような状況で、あえて契約によって自分の存在を確認したり、他の人との関係を作っていくというのはすごく新しいと思います。ある意味では契約とはすごく古臭い。面白味の全くない概念のひとつですよね。社会学をやっていると、被契約的要素というものがあって、契約をするためにはそもそも様々な約束ごとがあって始めて契約できる。契約以前の契約というものを僕らはたくさん持っているから契約ができる。こういうすごく面白味のないテーマにも関わらず、今の時代でなければ、かつ年齢的なことがなければこういうことはできなかっただろうと思います。これはかなり画期的だろうと感じます。
加藤:ジェンダーの話ともつながると思うんですけど、契約をできる個人とできない個人がいる。その境界のあいまいさというものを「契約」というテーマを掘り下げていく中で確認することができました。錬金術というのも、結局は金はできなかったわけですが、今でも何かと何かを混ぜ合わせることはある。たとえばこの展示だったら、4人が混ぜ合わされて、何ができるのか、ということが面白かったです。ここには、あいまいさがあるからこそ、そこまで縛られる必要がないのではないかというのがわたしの主張です。
岡原:いままでは、15歳や20歳になれば大人ですよと社会が決めてくれていたけれど、今の社会はそれすらも自分で作っていくと言えるでしょうね。幼くても大人になれる、逆に30歳になっても大人になりたがらない人もいる。そういう意味で寛容度は増しているとは言えると思います。
加藤:そういうことがひとつ要素としてあって、それと矛盾するように七海がインスピレーションとして受けた“強制的に結婚させられる”ということ、私たちの中で生まれた矛盾というものが大雑把な言い方ですがあると思います。
岡原:僕たちは常に“選びなさい”という強制に晒されている。親からの強制や先祖代々というものが昔はあったけれど、今は自分で選べるんだけれど選ばなくちゃいけないということを強制されているわけですよね。それはすごく大変なことだと思う。たとえば、自分の命だって自分で選ばなければいけない。医療でも教育でも、われわれがやってきたことは「契約」という言葉のもとに一旦すべて落としこまれている。市民や人々の考え方を尊重するというポジティブな面はあると思うけれど、一方では責任逃れでもある。僕は社会学者なのでこういうことを言うけれど、どこかで見せかけの自由というか騙されているということはあるんですよね。そういうことを感じとって、物体に落とし込むということがないといけないですね。
(構成・ウガワカナ)
文学部 人文社会学科 人間関係 社会学研究科 社会学 教授
岡原 正幸
1957年12月30日 東京都生まれ
【研究紹介】
自然のものだと思われているような「感情」や「身体」の社会的構築を謳う,あるいは「障害者」の自立生活に立ちあう,それらをベースにして,ひと,もの,ことば,そして出来事が,この社会で権力的に配置される場面を僕は探ってきたのですが,今現在は,それらのいわゆる「社会学的」な営みにあって,「探る主体」として制度的に構築されていってしまった「僕」「岡原正幸」「社会学者」の脱・再構築をめざして,みずからのリアルさに準拠するような,実験的な試みをしようとしています。たとえば,感情公共性の立ち上げ,非言語式社会学の創案,社会/学/アート,もしくはソシオインスタレーションの制作,社会調査の演劇的批判,極私的社会学の創作,感情Tシャツ・ワークショップなどがそれです。三田の家の運営や映画製作もその一環です。またそれら試みの総称として《社会彫刻》を,ドイツのアーティスト,ヨーゼフ・ボイスより借用しています。(岡原教授 公式ホームページより)
twitter: @homoaffectus
公式サイト:http://www.homoaffectus.com
【現在の専門分野】
ジェンダー
社会学(KEYWORD:感情社会学,障害者の自立生活,アート,文化実践,)
【現在の研究課題】
アート・社会・知 (KEYWORD:アートプロジェクト , 感情社会学)
感情社会学の自省的な批判 (KEYWORD:感情社会学 , ポストコロニアリズム)
感情公共性の発見と再建 (KEYWORD:感情 , 公共性)
21世紀的大学街の創出 (KEYWORD:三田の家 , オルタナティブスペース)
Performative Social Science (KEYWORD:アート , 調査 , プロジェクト)
映像社会学 (KEYWORD:映像)
【研究紹介】
自然のものだと思われているような「感情」や「身体」の社会的構築を謳う,あるいは「障害者」の自立生活に立ちあう,それらをベースにして,ひと,もの,ことば,そして出来事が,この社会で権力的に配置される場面を僕は探ってきたのですが,今現在は,それらのいわゆる「社会学的」な営みにあって,「探る主体」として制度的に構築されていってしまった「僕」「岡原正幸」「社会学者」の脱・再構築をめざして,みずからのリアルさに準拠するような,実験的な試みをしようとしています。たとえば,感情公共性の立ち上げ,非言語式社会学の創案,社会/学/アート,もしくはソシオインスタレーションの制作,社会調査の演劇的批判,極私的社会学の創作,感情Tシャツ・ワークショップなどがそれです。三田の家の運営や映画製作もその一環です。またそれら試みの総称として《社会彫刻》を,ドイツのアーティスト,ヨーゼフ・ボイスより借用しています。(岡原教授 公式ホームページより)
twitter: @homoaffectus
公式サイト:http://www.homoaffectus.com
【現在の専門分野】
ジェンダー
社会学(KEYWORD:感情社会学,障害者の自立生活,アート,文化実践,)
【現在の研究課題】
アート・社会・知 (KEYWORD:アートプロジェクト , 感情社会学)
感情社会学の自省的な批判 (KEYWORD:感情社会学 , ポストコロニアリズム)
感情公共性の発見と再建 (KEYWORD:感情 , 公共性)
21世紀的大学街の創出 (KEYWORD:三田の家 , オルタナティブスペース)
Performative Social Science (KEYWORD:アート , 調査 , プロジェクト)
映像社会学 (KEYWORD:映像)
2.11.2012
スペシャルインタビュー:明和電機代表取締役社長・土佐信道さん
どうも、草野絵美です。今回は明和電機の土佐社長と展示を見に行き、
今回の展示のテーマでもある錬金術と結婚について語っていただきました。
〜明和電機と錬金術〜
絵美:土佐さんは、子供の頃、錬金術師になりたかったんですよね。
土佐:不可解なものが好きだったんです。UFOとか、オカルトとか、錬金術がとにかく大好きでした。いつでも賢者の石を探していたし(笑)僕らのときはハリポタはなかったけど、開けただけで眠れなくなるような錬金術辞典とか、小学校のころ一生懸命読んでいました。例えば、マンドラゴラの抜き方とか。面白かったですね。
絵美:マ、マンドラゴラ...?
土佐:マンドラゴラを知らないんですか?マンドラゴラは錬金術界隈では常識ですよ。
ここ(取材を行ったカフェ)にいるお客さんが、全員錬金術師だったら真っ先に殺されてるよ(笑)マンドラゴラは錬金術に使う特殊な草なんだけど、根っこの部分が人の形になっていて、抜こうとすると絶叫して、その声がでかすぎて死んじゃうんです。だから、犬につないで、犬に抜かせるんだよね。『地獄の犬ケロベロスの口の中にある草の取り方』とかあったなぁ。
ここ(取材を行ったカフェ)にいるお客さんが、全員錬金術師だったら真っ先に殺されてるよ(笑)マンドラゴラは錬金術に使う特殊な草なんだけど、根っこの部分が人の形になっていて、抜こうとすると絶叫して、その声がでかすぎて死んじゃうんです。だから、犬につないで、犬に抜かせるんだよね。『地獄の犬ケロベロスの口の中にある草の取り方』とかあったなぁ。
絵美:そんなところまでマニュアルになっているんですね。
土佐:あと、ホムンクルス、ビンの中で人造人間を創る話とか憧れたね。だいたい奇形と
か一つ目とか生まれてしまうんだけど。
錬金術(Alchemist)というのはケミカルの語源になっているくらいで、原始科学なんだよね。
キリスト教って神が信仰の中心にいるでしょ?科学は神を否定するものなので、現代なら相矛盾するもの。錬金術が生まれたのも、科学が未発達でだったからですね。錬金術においては、神様が作った世界のものだから、この世界にはたくさんの神様の叡智がそこかしこに埋まっているからそれを調べることで、神に対して崇めていたんだよね。ビンの中に人間を創ることも、神様がやったことを追体験するということなのです。
絵美:なるほど。土佐さんの作るロボットも、声帯をつくっていたり、笑うロボットを作
ったり、人の手によって作られた生命を宿ったものが多い気がします。作品にも、かつて
の混沌としてた科学のような、そいうった錬金術的な影響ってあるんですか?
土佐:僕が機械を使ってモノを作っているのは、半分錬金術的な要素、半分理性的な要素が合体しているのかもしれません。歌うロボットだったりオタマトーンだったり。その感覚と、錬金術の当時の未発達な部分が似ているかもしれないなぁ。とにかく賢者の石を探し続け、魔術本に書いてあるものに似ているものを見つけるたび心ときめかせていた少年時代を過ごしていたけど、大きくなっていくにつれて、錬金術なんてないんじゃないかと思いはじめたんです。でも、童心は「いやそんなことをない。」といって、それらがせめぎ合い、そのうちに夢に魚が出てくるようになったんです。生命を作るというのは永遠のテーマで、大学4年の時は、妊婦のロボットを作ったんですけど。そもそも生命を創るには、命の仕組みをわからないといけない。自分で自分の仕組みがわからないといけない。自分で自分の仕組みがわかるには、自分は単純なのか.... そんな葛藤があったけど、一段階ハードルをさげて、人ではなくて、昔から夢にでてきた魚をテーマにした作品をつくり始めたんです。
絵美:今でも、ホムンクルスはつくりたいと思いますか?
土佐:もちろん、ビンの中に自分のコピーを創ることが芸術の極みだと思う。
〜まだ見ぬ世界への妄想バカンス(笑)〜
絵美:今回の展示はいかがでした?
土佐:白魔術だったね。アプローチが情念とか、今回は契約っていうテキストがあり、文
化的に繋がっているのが面白かったですね。女の子だけで考えたんだよね。ひとつひとつ象徴的に展示をしているので、もう少し解説をおいたらよかったと思います。今日の展示はハナムコがいない。何に契約してるのかな?って面白さ。結婚もしてない女子たちがこむずかしくあらぬ妄想を膨らましてることが面白かったです。まだ見ぬ世界への妄想のバカン(笑)
絵美:現実の世界の結婚とはギャップがありそうですね。
土佐:何も考えてないですよ。実際の結婚って。そんなもんでしょう。彼女たちは神様的
な人と契りを交わすことに憧れてるんじゃない。とてもすごい束縛とか。でも、実際に家
にくるのは獣ではなく、熊なみのサイズの哺乳類なんだよね。熊と同居する。そんなもの。
最後に、土佐さんが実際に小学生の頃、書いていた錬金術師的おまじないを再現してくれた。テストで100点が取れるおまじない。猫と剣と蛇をあわせたモチーフ
代表取締役社長 土佐信道
1967年4月14日 兵庫県生まれ
明和電機:土佐信道プロデュースによるアートユニット。ユニット名は父親が過去に経営していた会社名からとったもの。青い作業服を身にまとい作品を「製品」、ライブを「製品デモンストレーション」と呼ぶなど、日本の高度経済成長を支えた中小企業のスタイルで活動。魚をモチーフにしたナンセンスマシーン「魚器(NAKI)」シリーズやオリジナル楽器「ツクバ(TSUKUBA)」シリーズ、花をテーマとした「エーデルワイス(EDELWEISS)」シリーズなどのオブジェクトを制作し、その製品のすばらしさをアピールしている。プロモーション展開は既成の芸術の枠にとらわれることなく多岐にわたり、展覧会やライブパフォーマンスはもちろんのこと、CDやビデオの制作、本の執筆、作品をおもちゃや電気製品に落とし込んでの大量流通など、たえず新しい方法論を模索している。
twitter: @Maywadenki
2.10.2012
Destiny
"Circe Offering the Cup to Ulysses"
Waterhouseの作品において、この構図は多く描かれるものである。
女性が真ん中に配置され、背後は鏡、または窓。
いずれにせよ、その鏡や窓には未知なもの、時にはユートピア、
そしてそれとは裏腹な危険な場所としての外の景色が描かれる。
彼の最も有名な作品は、閉じ込められ、外に出ることを禁止され
その掟を破ってしまったがために命を落としてしまった
シャーロット姫をモチーフとした作品であろう。
来る日も来る日もただタペストリーを織っていたという
その物語に忠実に描かれた3つのシリーズがある。
シャーロットというタイトルがついていないこと、また鏡の背後に外景が見えることから、
その物語を引用したかは諸説あるが、彼はシャーロット姫から着想を得たであろう作品がもう一つある。
それは"Destiny"というタイトルで
鏡の前に立つ女性の姿を描いたものだ。
『シャーロット姫の部屋には、鏡があり、それを通してしか、外の世界を知ることができない。』
"Circe Offering the Cup to Ulysses"での主人公は、ギリシア神話に登場するキルケである。
オデュッセイアの中で、オデュッセウスを誘惑し、魔術にかけてしまったことで
キルケは魔女として描かれてしまう。
けれど、彼女は本来は月または、愛の女神だったと言われている。
"DESTINY"やシャーロット姫の物語とは全く違うベースを持つキルケの作品だが、
鏡を後ろに従える一人の女性の構図には共通項を見いだすことができる。
1941年に没した彼は、常に変化と危険の気配がつきまとう時代を生きた。
彼の好んで描いた女性たち、また彼が好んで引用した物語には
常にフェミニズム的批評がなされてきたものばかりである。
それから世紀が変わって今。
一つ『契約』という観点はどのように受け止められているのか。
『契約』とは、今や「掟」や「命令」からは脱した、違う解釈をされる必要があると考える。
真ん中に座る、顔のない人に表情を描くとすればそれはどのような表情になるのか。
そう考えた時、自ずとそれぞれの視点は見えてくるのではないかと思っています。
1882年、リンデマンによって円周率Πが超越数であることが証明された。
Waterhouseの作品において、この構図は多く描かれるものである。
女性が真ん中に配置され、背後は鏡、または窓。
いずれにせよ、その鏡や窓には未知なもの、時にはユートピア、
そしてそれとは裏腹な危険な場所としての外の景色が描かれる。
彼の最も有名な作品は、閉じ込められ、外に出ることを禁止され
その掟を破ってしまったがために命を落としてしまった
シャーロット姫をモチーフとした作品であろう。
来る日も来る日もただタペストリーを織っていたという
その物語に忠実に描かれた3つのシリーズがある。
シャーロットというタイトルがついていないこと、また鏡の背後に外景が見えることから、
その物語を引用したかは諸説あるが、彼はシャーロット姫から着想を得たであろう作品がもう一つある。
それは"Destiny"というタイトルで
鏡の前に立つ女性の姿を描いたものだ。
『シャーロット姫の部屋には、鏡があり、それを通してしか、外の世界を知ることができない。』
"Circe Offering the Cup to Ulysses"での主人公は、ギリシア神話に登場するキルケである。
オデュッセイアの中で、オデュッセウスを誘惑し、魔術にかけてしまったことで
キルケは魔女として描かれてしまう。
けれど、彼女は本来は月または、愛の女神だったと言われている。
"DESTINY"やシャーロット姫の物語とは全く違うベースを持つキルケの作品だが、
鏡を後ろに従える一人の女性の構図には共通項を見いだすことができる。
1941年に没した彼は、常に変化と危険の気配がつきまとう時代を生きた。
彼の好んで描いた女性たち、また彼が好んで引用した物語には
常にフェミニズム的批評がなされてきたものばかりである。
それから世紀が変わって今。
一つ『契約』という観点はどのように受け止められているのか。
『契約』とは、今や「掟」や「命令」からは脱した、違う解釈をされる必要があると考える。
真ん中に座る、顔のない人に表情を描くとすればそれはどのような表情になるのか。
そう考えた時、自ずとそれぞれの視点は見えてくるのではないかと思っています。
1882年、リンデマンによって円周率Πが超越数であることが証明された。
2.09.2012
2.07.2012
どうしようもない日についての考察
こんばんは。
トークセッションも無事終了しました。
お越し下さった皆様、ゲストでお招きさせていただいた岡原教授、ありがとうございました。
そのまとめはまた後日。
明日はラジオの公開収録です。
18時開場、スタートは18:30です。
4人が揃います。
共通するなにかを
多くの人に見てもらうこと、それによって深まる謎、
解釈の多様性、そこで生まれる会話。
そういったものを内包する空間は、わたしにとってはとても魅力的です。
積み重なっていくもの、すり減っていくもの、
何も変わらないようで、変わっていく空間の重みを感じます。
今回の展示は、基本的に「見ることが好きな人のための」展示です。
一目、さっと目でなぞるだけでは見つけられないであろう秘密を
小さな空間に少し多めに散りばめました。
それに気づくか気づかないかで、展示の意味合いも大きく異なります。
その幅の広いゆらぎは、「契約」とも共通するものです。
もうすぐ今回のキュレーションマニフェストを書こうかと考えています。
けれど、キュレーターや作者の意図を知ることが、必ずしも重要だと考えてはいません。
もちろん、それを知ることによって新たな観点を得ることはできるでしょうが、
それを最初に手に入れてしまうものは、安直な麻薬のようなもののようにも感じます。
ひとつの見方を提示するということ、それについては異論はありません。
ただ、言葉に落としこんでしまうだけでは、掬いきれない要素がたくさんあるとも思います。
今のわたしにとって言葉は、鋭利すぎるような、そんな感覚があります。
何かを語ること、語られない行間、語ることができない言葉。
全てのパーツをそろえるには、それだけでは不十分です。
どうしようもない空気、どうしていいかわからないもの。
それらのゆるやかで脆いむすびつき。
ふくらんだ場所にへこみをつけること。
『ある時代から時代へ旅して、消えて行く。ささやかな抵抗の試みを永遠の中に刻みつける』
簡潔な言葉を借りると、そういうことです。
anna
トークセッションも無事終了しました。
お越し下さった皆様、ゲストでお招きさせていただいた岡原教授、ありがとうございました。
そのまとめはまた後日。
明日はラジオの公開収録です。
18時開場、スタートは18:30です。
4人が揃います。
共通するなにかを
多くの人に見てもらうこと、それによって深まる謎、
解釈の多様性、そこで生まれる会話。
そういったものを内包する空間は、わたしにとってはとても魅力的です。
積み重なっていくもの、すり減っていくもの、
何も変わらないようで、変わっていく空間の重みを感じます。
今回の展示は、基本的に「見ることが好きな人のための」展示です。
一目、さっと目でなぞるだけでは見つけられないであろう秘密を
小さな空間に少し多めに散りばめました。
それに気づくか気づかないかで、展示の意味合いも大きく異なります。
その幅の広いゆらぎは、「契約」とも共通するものです。
もうすぐ今回のキュレーションマニフェストを書こうかと考えています。
けれど、キュレーターや作者の意図を知ることが、必ずしも重要だと考えてはいません。
もちろん、それを知ることによって新たな観点を得ることはできるでしょうが、
それを最初に手に入れてしまうものは、安直な麻薬のようなもののようにも感じます。
ひとつの見方を提示するということ、それについては異論はありません。
ただ、言葉に落としこんでしまうだけでは、掬いきれない要素がたくさんあるとも思います。
今のわたしにとって言葉は、鋭利すぎるような、そんな感覚があります。
何かを語ること、語られない行間、語ることができない言葉。
全てのパーツをそろえるには、それだけでは不十分です。
どうしようもない空気、どうしていいかわからないもの。
それらのゆるやかで脆いむすびつき。
ふくらんだ場所にへこみをつけること。
『ある時代から時代へ旅して、消えて行く。ささやかな抵抗の試みを永遠の中に刻みつける』
簡潔な言葉を借りると、そういうことです。
anna
2.06.2012
ということで、
こんばんは「魚が空を飛ぶまで」、たいへんだったんですよ鵜川カナです。
2月5日のトークセッション、おもしろかったみたいです。
図らずもわたしだけ顔を出さず、というカタチになってしまって
すこし悲しかったのですがホッとしています。
キュートで美しい3人、七海・絵美・杏奈に比べて
わたしは持っているものと自信が少ないので人前に出ることが苦手です。
では今回、何をしているかというと、得意の先読みとひらめきを生かして
“みんなのアシスタント”をしている感覚です。
みなさんよろしくおねがいします。
そういえば、しょっぱなのわたしたちは物語がつくりたかったんです。
女の子4人が集まってひとつの展示をつくることになったとき最初に考えたのは、
わたしたちで「自己完結する展示」をつくろうということでした。
このグループの中には、作家とキュレーターと批評家と発信者を内包しています。
ポジティブな意味で、自分たちのことは自分でやりますよ、という宣言です。
やってみると、役割分担をしたために連結が上手くいかなかったこと、
それぞれの理解に差が生まれ、みんなが誤解していること、
問題点はたくさんありますが、それが逆に面白くなってきた。
もうひとつ、「隠したい裏側の見える展示」をつくろうとも思いました。
実際に展示をつくってみてわかったことがたくさんありすぎました。
おまけに、これだけ色の強い女の子4人集まれば、それはそれはいろいろなことがあります。
みなさん、わたしはそれまでもコンテンツにしてしまってはどうかと思っていますよ。
これはある意味、ドキュメンタリーです。
わたしは、「アート」がキライです。でも汚い言葉で反抗することがいいことだとは思いません。
こうしてロジカルにやろうとすることが、最も暴力的なのではないかと思っています、よ?
ところで、気になったの、みんな結婚したいと思っているのかな。
それと、【契約】というテーマになにを思ったかもういちど討論したいな。
わたしが「契約とは待つこと」と言ったのは、
例えばカンタンな話だと、売買の契約…お金を渡して→(待って)→モノに「変わる」でしょう。
どんな契約でも、契約には待つことと何かが変化することがついてくる。
ゼロ年代テン年代は生きにくいと言われているけれど、
だったらこちら側からばりばりアクションを起こさずに、一度、
決定的に意識的に待ってみてもいいんじゃないかと思ったんです。
これは何にもしたくないとかいうネガティブな発想ではなくて、
待つことに全力になってみてもいいんじゃないかという提案。
7日、ラジオの収録たのしみです。
2月5日のトークセッション、おもしろかったみたいです。
図らずもわたしだけ顔を出さず、というカタチになってしまって
すこし悲しかったのですがホッとしています。
キュートで美しい3人、七海・絵美・杏奈に比べて
わたしは持っているものと自信が少ないので人前に出ることが苦手です。
では今回、何をしているかというと、得意の先読みとひらめきを生かして
“みんなのアシスタント”をしている感覚です。
みなさんよろしくおねがいします。
そういえば、しょっぱなのわたしたちは物語がつくりたかったんです。
女の子4人が集まってひとつの展示をつくることになったとき最初に考えたのは、
わたしたちで「自己完結する展示」をつくろうということでした。
このグループの中には、作家とキュレーターと批評家と発信者を内包しています。
ポジティブな意味で、自分たちのことは自分でやりますよ、という宣言です。
やってみると、役割分担をしたために連結が上手くいかなかったこと、
それぞれの理解に差が生まれ、みんなが誤解していること、
問題点はたくさんありますが、それが逆に面白くなってきた。
もうひとつ、「隠したい裏側の見える展示」をつくろうとも思いました。
実際に展示をつくってみてわかったことがたくさんありすぎました。
おまけに、これだけ色の強い女の子4人集まれば、それはそれはいろいろなことがあります。
みなさん、わたしはそれまでもコンテンツにしてしまってはどうかと思っていますよ。
これはある意味、ドキュメンタリーです。
わたしは、「アート」がキライです。でも汚い言葉で反抗することがいいことだとは思いません。
こうしてロジカルにやろうとすることが、最も暴力的なのではないかと思っています、よ?
ところで、気になったの、みんな結婚したいと思っているのかな。
それと、【契約】というテーマになにを思ったかもういちど討論したいな。
わたしが「契約とは待つこと」と言ったのは、
例えばカンタンな話だと、売買の契約…お金を渡して→(待って)→モノに「変わる」でしょう。
どんな契約でも、契約には待つことと何かが変化することがついてくる。
ゼロ年代テン年代は生きにくいと言われているけれど、
だったらこちら側からばりばりアクションを起こさずに、一度、
決定的に意識的に待ってみてもいいんじゃないかと思ったんです。
これは何にもしたくないとかいうネガティブな発想ではなくて、
待つことに全力になってみてもいいんじゃないかという提案。
7日、ラジオの収録たのしみです。
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