こんばんは「魚が空を飛ぶまで」、たいへんだったんですよ鵜川カナです。
2月5日のトークセッション、おもしろかったみたいです。
図らずもわたしだけ顔を出さず、というカタチになってしまって
すこし悲しかったのですがホッとしています。
キュートで美しい3人、七海・絵美・杏奈に比べて
わたしは持っているものと自信が少ないので人前に出ることが苦手です。
では今回、何をしているかというと、得意の先読みとひらめきを生かして
“みんなのアシスタント”をしている感覚です。
みなさんよろしくおねがいします。
そういえば、しょっぱなのわたしたちは物語がつくりたかったんです。
女の子4人が集まってひとつの展示をつくることになったとき最初に考えたのは、
わたしたちで「自己完結する展示」をつくろうということでした。
このグループの中には、作家とキュレーターと批評家と発信者を内包しています。
ポジティブな意味で、自分たちのことは自分でやりますよ、という宣言です。
やってみると、役割分担をしたために連結が上手くいかなかったこと、
それぞれの理解に差が生まれ、みんなが誤解していること、
問題点はたくさんありますが、それが逆に面白くなってきた。
もうひとつ、「隠したい裏側の見える展示」をつくろうとも思いました。
実際に展示をつくってみてわかったことがたくさんありすぎました。
おまけに、これだけ色の強い女の子4人集まれば、それはそれはいろいろなことがあります。
みなさん、わたしはそれまでもコンテンツにしてしまってはどうかと思っていますよ。
これはある意味、ドキュメンタリーです。
わたしは、「アート」がキライです。でも汚い言葉で反抗することがいいことだとは思いません。
こうしてロジカルにやろうとすることが、最も暴力的なのではないかと思っています、よ?
ところで、気になったの、みんな結婚したいと思っているのかな。
それと、【契約】というテーマになにを思ったかもういちど討論したいな。
わたしが「契約とは待つこと」と言ったのは、
例えばカンタンな話だと、売買の契約…お金を渡して→(待って)→モノに「変わる」でしょう。
どんな契約でも、契約には待つことと何かが変化することがついてくる。
ゼロ年代テン年代は生きにくいと言われているけれど、
だったらこちら側からばりばりアクションを起こさずに、一度、
決定的に意識的に待ってみてもいいんじゃないかと思ったんです。
これは何にもしたくないとかいうネガティブな発想ではなくて、
待つことに全力になってみてもいいんじゃないかという提案。
7日、ラジオの収録たのしみです。